イメージ。
それはとても大切なこと。
こうありたいと思う自分。
こうあるべきだという理想。
“元来あたしはだいたいこうです。”
という自分と
“それでもちょっとはこうありたいんです。”
もしくは
“こう見えてほしいんです。”
という理想の自分。
いや、それはもう思い込みのレベルなのかもしれない。
それでも。
ウン十年かけてなんとなく出来てきた”あたし”のイメージが。
”あたしはこうなんだ!”って思ってた自分が、あれだけ探して見つめてなんとなくわかってきた自分が、まったくもって別のものになってしまった。
ような、、、。
”音を立ててガラガラと崩れていってしまった”
というわけでも、
”一夜あけたら突然に”
というわけでもなく。
まるで、
波打ち際で夢中で砂遊びをしていたら、いつのまにか沖のほうまで流されていたかのような感覚。
きっと少しずつ少しずつそれはあたしの中に浸食していたのに、自分でそれを認められずに打ち消したり、見ないふりをしたり。
”いやいやこのくらいならあることかもしれない”
なんて言い訳したりしながら、気がついたらこんなとこにいた!
みたいな感覚。
でも、よく考えたら当たり前なんだ。
今までのあたしを形成していたもののほとんどをとりあげられた状態が長いこと続いていたんだもの。
お酒。
たばこ。
パチンコ。
おとこ。(これは嘘かも。笑。)
そして、うたうこと。
そりゃそうだわ。
しばらくの間とはいえこれらの全面禁止が半年は続いているんだもん。
そりゃ、変わってしまったとしてもおかしくない状況かもしれない。
それらのことを禁断症状に耐えつつも何かほかのものに少しずつ変換していった結果なのかもしれないし、
もともと持っていた素質だったのかもしれない。
(だとすると、今まであたしが自分に対していだいていたイメージは間違いだったのかもしれない。)
一人で自由に動けない、出かけられないので、家の中で出来る事といったらこんなんだったってのもあるかもしれない。
妊娠、出産という人生における一大イベントを経験したというのももちろん大きい。
子を産み育てること。
これはほんとに思った以上にすごい出来ゴトだ。
子供なんてどちらかといえばキライ。
料理なんてしない。
縫い物なんて考えたこともない。
ってかそんなんイメージに合わない。
そんなのする自分、、、気持ち悪い。
そう思っていた。
のに。
いまじゃ。
なんじゃこりゃーっ!!!!!
だよ。
ほんとに。
まったく。
こんなあたし気持ち悪っ!!
なんとなく、このブログでもそんな自分が恥ずかしくって、
”こんなこと書いたらイメージが!”
とか、
”そんなんあたしじゃないし。”
なんて思っちゃったりしてるあたし。
でもそれがいまのあたしなのに。
どうしてもっと自然体に出来ないのだろ。
自然体。
それが一番難しいことなのかもしれない。
本当は自分は何を考えているのか。
本当は何がしたいのか。
何を感じて、何を欲しているのか。
ほんとは、ほんとは、ほんとは。
”こうあるべきだ”に縛られたり、
こんなことしたら”嫌われちゃう”んじゃないかと怖くなったり、
”もっとよく見られたい”と背伸びをしてしまったり。
もっと素直に自分に向き合っていたいのに、いつのまにやら自分で自分の型を作ってそこにはめ込もうとしてしまう。
だから、あたしはたまに立ち止まって型を見直さないといけないんだ。
あたしの型はこれでいいのかって。
実はもうこれには当てはまらなくなっちゃったんじゃないの?って。
いやいや、ちがうちがう!
どんどんほっておくと固くぶ厚く硬化していってしまう自分の型をはずして捨てちゃわなくちゃいけないときがあるんだ。
そう、ちょうどウィッグを取った時もそんな気持ちだった気がする。
うん。
昔がどうあれ、イメージがどうあれ、いまの自分はいまの自分。
あたしが恥ずかしがっちゃ、かわいそうだ。
あたしはママになった。
お料理もするし、お菓子なんかも作っちゃうし、お裁縫だってしちゃう。
どれも全然うまくならないけどさ。
彼女にとってちょっとはいいママさんになれたら、って思ってる。
そして、そんなあたしをちゃんとふまえて、
うたをうたいDJをするんだ。
それでいい。
それがいい。
いや、もうそれしか出来ないんだ。
あーでもない、こーでもない。
そんなことをいちいち考えなくちゃ出来ないなんて馬鹿ね。
わざわざ、こうして書き留めなくちゃいけないなんて小さいわね。
でもいいんだ。
それでいいんだ。
これがあたし。
いまのあたし。
肩肘はらない、かっこつけない、飾り立てない。
そのまんまのあたしでいられたら。
うたにもみんなにも、そしてこの子にも、まっすぐに向き合っていけたらなって思う。